ヒトiPS細胞から「ミニ肝臓」をつくった再生医療界の新星が考える今後

横浜市立大学准教授の武部貴則先生は、3年後に世界初のiPS細胞でできた臓器の移植手術を行うことを目標に研究を続けています。

2006年に世界で初めて発表され、現在、その万能性から再生医療分野での活用が大いに期待されている「iPS細胞」。横浜市立大学准教授の武部貴則先生は、2013年にヒトiPS細胞から5ミリの肝臓の芽を作ることに成功しました。3年後に世界初の移植手術を行うことを目標に、現在も日本にとどまらず世界中のさまざまな研究所で研究を続けています。そんな武部先生に、今後の課題や、先生の研究に対する考え方について伺いました。

◆世界初!「ミニ肝臓」作製の今

―現在の研究の進み具合について教えてください。

3年後の2019年度に、ヒトiPS細胞から作った臓器を世界で初めて人に移植をする「ファーストインマン試験」を行うための研究を続けています。

私は2013年に、ヒトiPS細胞から5ミリの肝臓の芽(肝芽)を作ることに成功し論文を発表しました。その直後から日本での再生医療プロジェクトを始めて、現在、実用化への道筋が見えてきたところです。ヒトiPS細胞から作った臓器を再生医療の治療法として一般化するにはまだ20年くらいかかりますが、大切なのはまず一例目できちんと安全性や治療有効性を示せるかどうかと考えています。

―現在研究を行うにあたっての課題はありますか?

私たちが研究を行う上での課題は3つあります。まず大量に肝芽を作ること、次に対象とする患者さんの状態を模倣するモデル動物を作り、移植治療法を確立すること、そして製造工程を安全で標準的なプロセスにすることです。このうち大量生産に関してはめどが立ってきました。

肝臓には、超大量の細胞が存在し、機能を果たしています。一方、3年ほど前までは細胞を大量生産する手法がなかったので、一人の患者さんの肝臓を治療しようと思うと、計算上研究員が1万人以上いないとできないような状況でした。しかし、最近になって株式会社クラレと共同で細胞を大量に作れる培養プレートを作ったことで安定的に大量生産できるようになったのです。

次に問題になるのが、実験するためのモデル動物作りです。ヒトiPS細胞から作った肝臓を移植できる動物を大量に作らなければならないのですが、その動物の免疫はほぼ抑えられていないと拒絶されてしまいます。そのため、病気のモデルでかつ重篤な免疫不全のモデルをかけ合わせた動物を作らないといけないのです。

今年中にはこのような疾患のモデル動物を確立し、私たちの開発した治療法の検証をスタートさせる段階にしていきたいと考えています。

最後の課題が標準化です。つくった細胞に遺伝子異常が出ていないかなどの評価や、将来的な機能発現をどう移植前に推測するかといった評価指標を作ることが重要です。また、異なる作業者が全員同じように再現性の高い製造を実現することが大切なので、作業工程を文書化するとともに、それらの工程が実施されたかをチェックするマニュアルのようなものを同時に作っています。

◆他臓器とどのようにつなぐか

―今後は米国の小児病院を兼務されるとのことですが、そちらではどのような研究をされるのですか?

今後は米国オハイオ州にある、シンシナティ小児病院でも研究を行います。「クロスアポイントメント」という制度を利用し、米国と日本に6:4の割合で関わることになっているので、日本での研究も続けていきます。米国では、肝臓の研究を基点としつつ他の臓器の研究も行う予定です。というのも、再生医療全体の課題としてあるのが、再生医療で作った臓器と、それに隣接する臓器をどのようにつなげるかということだからです。

臓器はすべて他の臓器とつながってできているので、一つの臓器が悪くなると、他の臓器にも影響が出ます。例えば肝臓が悪くなった際に臓器移植を行うと、肝臓周辺臓器との連結も再建されるのです。

本当に臓器の完全な代替を目指す治療法を作るのであれば、隣接臓器も作らないといけないと考えています。例えば、メディアで「腎臓ができた」などの報道がされることもありますが、腎臓ができたとしてもそれが尿管や膀胱、尿道につながらないと治療への実用化は難しいです。一つの臓器を作り、そこから血管までは作ることができるのですが、それをどう隣接する臓器につなげるかが問題になっています。

◆「学ぶのが苦手だった」

―先生がゼロから新しい事を考えるようになったのはなぜですか?

特に思い当たるきっかけはないのですが、幼い頃から「本を読んで何かを学ぶ」という能力が極端に欠けていたと思います。論理が明快な論文などは読めるのですが、小説などは長時間読むことができず、読書感想文の宿題などは大変苦労しました。しいて言えば、本を読むのが苦手で参考にするものがなかったので、自分で考えなければならない状況が自然とできあがっていたのかもしれません。

また、昔からプレゼンテーションが好きで、物事をどう魅力的に見せるかということをいつも考えていたように思います。小学生の頃に、朝の会で1日1テーマを好きに発表できる時間を担任が作ってくれていて、毎日のように立候補して自分で話していました。

あとは、好奇心旺盛なので、行ったことのないところに行ったり、立ち入り禁止場所に入ったり、触ってはいけないというものに触れたりしていました。両親もそんな自分を受け入れ自由に育ててくれたので、今のような考え方が身についていったのだと思います。

―先生は物事を考えるときにどのようなことを意識していますか?

ある物事を考えるとき、それに対して意識を向けるときと、あえて意識を向けないときをつくって、その両方を行き来しています。常に意識を向け続けるよりも、行き来することが大事だと思っています。

研究の場合は、意識を研究に向けていないときにはむしろ発散させて、一般のニュースサイトなどでIT業界の動向を見るなど、全く違う分野の情報収集をしています。反対に意識を向けるときはぐっと集中する。そうすることで「あ、これ使えるかな。」と、まったく関係のないIT業界の情報が自分の研究に役立つことがありますからね。

―最後に、若手医師・医学生へのメッセージをお願いします。

リスクを取れる時にこそ、大きなチャレンジをしたほうがいいと思います。それはそんなに長い期間あるわけではありませんから。

医療界でも、da Vinci(ダビンチ)ができて、機械学習ができて、ウェアラブルができて......と、医師が行っていることがどんどん機械に置き換わってきています。そうすると今後はただ覚えたことを行う人よりも、自分で新しいことを考えて行動していく人の方が価値が高くなるはずです。

実際、最近はいろんな視点を持った若手医師や医学生が多くなってきていると思います。ビジネスやITと医療を組み合わせて起業する人も増えるでしょうね。若い時のほうが斬新な発想が出てくると思うので、どんどんチャレンジングなことをやって成功する人が日本から出てほしいと思います。医学部に入れるだけの能力があれば、広い視点で世の中に大きな影響を及ぼせる素質があると思うので、普通の医師になるよりもどんどんチャレンジをしたほうがいいんじゃないかと思います。

武部 貴則(臓器再生医学)

横浜市立大学医学群 臓器再生医学 准教授 シンシナティ小児病院

2009年米スクリプス研究所(化学科)研究員、2010年米コロンビア大学(移植外科)研修生を経て、2011年、横浜市立大学医学部医学科卒業。同年より横浜市立大学助手(臓器再生医学)に着任、電通×博報堂 ミライデザインラボ研究員を併任。2012年からは、横浜市立大学先端医科学研究センター 研究開発プロジェクトリーダー、2013年より横浜市立大学准教授(臓器再生医学)、2015年よりシンシナティ大学准教授(小児科)を兼務。独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」領域研究者、スタンフォード大学幹細胞生物学研究所客員准教授などを兼務。専門は、再生医学・広告医学。

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