【KORG minilogue】開発者が語るアナログ・シンセへの熱き思い「30年後、ビンテージになってほしい」

コルグはなぜアナログ・シンセを復活させたのか。新製品「minilogue」が目指すものとは何か。コルグ商品企画室長の坂巻匡彦さんと、開発部の高橋達也さんにコルグ本社でインタビューを行った。

minilogueの前でインタビューに応じるコルグ商品企画室長の坂巻匡彦さん(左)と、開発部の高橋達也さん

電子楽器メーカーのコルグ(東京都稲城市)が、アナログ・シンセサイザーの新製品「minilogue(ミニローグ)」を1月下旬に発売する。和音を奏でることができるポリフォニックを実現した鍵盤付きアナログ・シンセは、1981年の「Polysix(ポリシックス)」以来、コルグとしても35年ぶりとなる。

アルミ製の美しいケースの背面には木のパネルをあしらうなど豪華な仕上がりだが、市場予想価格は5万5000円前後。同時に4音を鳴らすことができ、海外の同スペックのシンセと比べると半値程度に抑えた。

アナログ回路を用いたシンセサイザーは、かつては世界の主流だった。1971年の「Minimoog(ミニモーグ)」や1978年の「Prophet-5」など伝説的な楽器が次々と発売された。「クラフトワーク」や「YMO」といったバンドが用いてテクノポップ・ブームを引き起こした。しかし、アナログ・シンセは音程が安定しなかったり、1音ごとに別々の回路が必要でコストカットが難しいなどの問題があった。80年代以降は、ほぼ全てのシンセがデジタル方式に変わった。

しかし、90年代後半からはデトロイト・テクノやハウスミュージックなどで、アナログ・シンセの独特な音の再評価が進んだ。アナログならではの分厚い音は、デジタルでは再現が難しかったからだ。そこで、海外メーカーを中心にアナログ・シンセの新製品が登場してきた。コルグは国内メーカーとしてはいち早くアナログを復活させ、2010年の「monotron(モノトロン)」を皮切りに、2013年には35年前の名器「MS-20」を復刻した「MS-20 mini」を発売している。

コルグはなぜアナログ・シンセに力を入れるのか。新製品「minilogue」が目指すものとは何か。12月下旬、コルグ商品企画室長の坂巻匡彦(さかまき・ただひこ)さんと、開発部の高橋達也さんにコルグ本社でインタビューを行った。

■「入社以来の念願だったポリシンセが出来た」

――30年近く途絶えていたアナログ・シンセを復活させた経緯は?

坂巻匡彦さん(以下、坂巻):Polysix以降、コルグは2010年までアナログ・シンセをやめていました。その間、シンセはどんどん複雑な方向に行ったんです。デジタルで音を鳴らすようになって、同時に出る音の数も増える。ついには、シンセだけで曲が作れるようになりました。1988年にコルグが出した「M1」が、「オール・イン・ワン」のシンセとして単体で曲が作れたため、大ヒットしています。シンセだけで曲が作れた時代から、今ではPCやスマートフォンだけでも曲が作れる時代になりました。

でも「それだけでいいのか」という思いもありました。僕は1978年生まれで、アナログ・シンセをリアルタイムでは知らない世代です。ただ90年代のアナログ・シンセの再評価の動きがあって、そういう音は知っていました。デジタル環境が普及した今だからこそ、アナログの音が新鮮に捉えられるんじゃないかと、アナログを復活させようと思っていました。そんなときに、高橋君が自作のアナログ・シンセを持って入社してきたんです。

――アナログ・シンセを自作?それはいつのことですか。

高橋達也さん(以下、高橋):高校のときからアナログ・シンセを作っていたんですけど、2006年末に入社するときに持ってきた物は、大学の後にちょっと、ぶらぶらしながら作っていました(笑)。金がないから作ったんですけど。当時、イギリスにいたんで結局1000ポンドくらいかかりましたね。当時で20万円くらいでしょうか。学生の身としてはかなり苦しかったです。

音にひかれたというより、自分で波形を作りたいという思いから始まりました。それで、実際にアナログ・シンセを作ってみたら全然、デジタルとは音が違って、「アナログすげえ」と気付いたのが、大学に入る直前くらいです。回路をいじっていたら、「すごい。全然違うじゃん」となりました。

高橋さんが入社面接に持参したという自作のアナログシンセ

――ちょうど自作していた人が入社したところで、コルグのアナログシリーズが始まったということですね。

坂巻:そうですね。ちょうど高橋君が機材を持って入ってきたし、彼にお願いしたら「アナログ・シンセを復活できるのでは?」と、思いました。それで2010年に出したのが、アナログ復活第1弾のmonotronです。

「ツマミ4つに電池2本で5000円のアナログ・シンセを作ろう」という趣旨で企画がスタートしました。アナログ・シンセの良さをもう一度、みんなに知らせるためには「安くしなきゃダメだろう」と。中古でも高かったし、新品でアナログ・シンセ買おうと思うと、数十万円もしましたからね。

なるべくいろんな店で売れるような安い物にしたかったんです。複雑なことはできないけど、アナログ・シンセの音の良さは伝わるようにするため、機能を絞りました。

実はmonotronから始まって、MS-20の復刻版を作ることまでは、最初からある程度決まっていいました。ただ、MS-20をいきなり復刻すると高価になるんです。生産設備がそろってなかったし、工員のトレーニングもできていなかった。アナログ・シンセは、とっくの昔にやめていたので、工場の人たちはデジタルしか知らないんです。だから、僕らもアナログで物を作ることをもう一度、練習し直さなきゃいけなかった。

コルグのアナログシンセ復活第1弾の「monotron」(左)と、35年前の名器を復活させた「MS-20 mini」

――超小型のmonotronから始めてMS-20 miniまで少しずつ大きくしていったのは、日本のロケット開発の歴史とも似ていますね。

坂巻:そうですね。僕たちが幸運だったのは、MS-20を作ったエンジニアが、まだ社内にいたことです。コルグのアナログ・シンセの創始者である監査役の三枝文夫(みえだ・ふみお)と、MS-20の基盤設計をしたのが開発部の西島裕昭(にしじま・ひろあき)です。彼らのノウハウや知識を若い世代に技術伝承ができたんです。

――monotronから始まりMS-20を復活させるのは決まっていたそうですが、今回「minilogue」という全く新しい製品を作った理由は?

坂巻:MS-20でアナログを作る準備はできた。皆さん、ここまでは分かりますよね。「次は何やるんだ」っていろいろ言われる中で、かつてのPolysixが欲しいとかMono/Polyを復活させて欲しいという要望があった。でも僕らとしては、ちょっと裏切りたい。次のコルグのアナログの歴史を考え直す必要があると思っていました。

高橋君がアナログ・シンセの開発をずっとやってきて、アナログ回路の設計ノウハウもたまった。じゃあ「次は高橋君が作りたいもの作ろう」と。今、僕たちの中で必要なアナログは何だろうと考えました。

高橋:minilogueは、回路も完全に新しいんです。monotronの場合には、フィルターがMS-20と同じ物だったり、昔の製品で使われていた回路がベースでしたが、今回はそうじゃない。全く新しいものです。「今のアナログ・シンセ」を作りたくて、新しい音源回路を作りました。

――昔から構想を温めていたわけですね。「俺の考えた夢のシンセを、いつか作ってやる」みたいな。

高橋:そうですね。僕としては、こういうシンセを、ずっとやりたいなって思っていました。入社以来の念願だったポリシンセができた。

コルグ本社で撮影した「minilogue」(2015年12月25日撮影)

■「30年後のビンテージ」を目指した

――ミニ鍵盤にして、割とコンパクトな筐体にしたのは、何か理由が?

高橋:気軽感に触れることができ、テーブルに置いて気持ちいいサイズってあると思うんで、それにフィットした感じです。僕、MS-20 miniのこのサイズ感と形も、すごくハマったなという感じがします。

――これまでは和音を奏でられるポリフォニックの本格アナログ・シンセというと数十万円もしたり、買うのに勇気がいるものが多かったです。その中ではminilogueは、気軽に買える値段設定になっていますね。

坂巻:はい、「アナログの音をみんなに知ってほしい」というのが一番の目的なので。あと、制作環境もありますよね。ノートPCの横に置いても、そんな邪魔になんないというか。気持ちよく使えるような感じを狙っています。

――とはいえ、アルミケースの側面が曲面を描いていたり、高級感を感じさせる作りになっていますね。

坂巻:デザイナーに「新しいビンテージのデザイン作ってくれ」と、注文したんです。「何、それ。ビンテージって新しくないでしょう」って反応が返ってきましたが、僕としてはビンテージ物として捉えられているアナログ・シンセを再構築するために「ビンテージ感はあるけど、新しさもちゃんとある。そういう新しいビンテージを作ってくれ」という意味でした。

デザイナーの間でコンペして、ちょうど配属されたばかりの新人のデザイナーが書いた案が、これでした。「いいじゃん、これ。新しい。しかもビンテージっぽい」ということで採用しました。

――先人が手がけてきたアナログ・シンセを、新たな手法で復活させた上で、ここから新しいビンテージが始まるということですね。

高橋:そうですね。30年後に、これがビンテージになったらいいなと。

坂巻:三枝や西島が開発したMS-20を僕らが復刻したように、僕らが会社辞めるころに、新人が復刻してくれると、すごくうれしいですね(笑)

minilogueを演奏する坂巻匡彦さん(左)と、高橋達也さん

■トライアンドエラーを繰り返すほどに「音が良くなる」

――楽器メーカーではアナログ・シンセそのものを復活させるのではなく、デジタル方式でアナログを再現する「アナログ・モデリング」のシンセもたくさんあります。本物のアナログは何が違うのでしょうか?

坂巻:全然違いますね。アナログ・モデリングって、ある程度計算できちゃうところがあるんです。特にmonotronなんかは正直言うと最初は音が悪かったんです。高橋君に聞かせてもらって「これ大丈夫かな?」と心配だったんですが、途中からどんどん音が良くなっていきました。

minilogueなんて、「え?そこ変えんの」というくらい回路を変えました。音を聞いて、それでいいのか悪いのかを判断する。音が良くなかったら回路変えて、もっと良くなるなって思ったら回路さらに変えて…というのを、ひたすらやるんです。トライアンドエラーを、すごく繰り返すわけです。理屈じゃなくて感性と照らし合わせるしかない。だから、アナログって、音が良くなるんじゃないかと思うんです。

――なんだかギターやバイオリンの名器を職人が作りだすのと似ていますね。

坂巻:本当にそう思います。バイオリンのニスの配合いろいろ変えてみたら、いい音になったとか。そういう職人に近いところがあると思いますね。音と向き合って、自分の感性を照らし合わせて、どっちがいいかっていうのをずっとやることによって、言葉で表せないような部分まで、良くなるのでは。

高橋:最初の試作品では、音の悪さに「どうしたらいいんだろう」って途方に暮れることもあるんです。特にこういう新しい回路とかだと、いざ音出してみたところで全然良くないみたいなこともあります。でも、試作を重ねていく中で、なんか向き合えば向き合うほど、音が良くなる。本当にもう夢のような感じです(笑)。(恍惚とした)フロー体験のような状態になりますね。

――最後に、「アナログの良さ」を一言。

高橋:「アナログだから」っていう偏見というか、「アナログだからこうあるべき」じゃなくて、本当に新しい楽器が出たという感じで、音を聞いてほしいです。やっぱりゼロから回路を作り上げてきたので、新しいものになっています。昔のアナログ・シンセと比較するよりも、まずは音を聞いてほしいですね。

坂巻:PCやスマホの発達で、音楽を作ったり演奏することもどんどん簡単になっています。iPhoneでGarageBandのアプリを使って曲を作るとか、お金が掛からずにできるようになっています。そういう時代だからこそ、何かもう一歩踏み出して、アナログの音の気持ち良さっていうのを味わってほしい。

僕が一番みんなに知ってほしいのは、「アナログって気持ちいい」ということです。アナログの音は、めっちゃ気持ちいいということを是非、体感してほしいなと思います。

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