「ヒラリーは罪人だ」"嫌われ者"クリントン、私用メール問題の捜査再開で一転逆風に

「人間的に冷たい」人物して毛嫌いする女性有権者も少なくない。

【アメリカ・オクラホマ州タルサより、ジャーナリスト津山恵子氏がレポート】

「トランプは、恐怖をいたずらに煽っている!」

メキシコ料理店のテレビに、米大統領選民主党候補のヒラリー・クリントン氏が演説する姿が映ると、お客の何人かがこうつぶやいた。

「恐怖を煽っているのは、あんただろ」

保守的な有権者が多い中西部オクラホマ州タルサでの出来事だ。

「ヒラリーは、罪人だ」

「なぜ、牢屋に入っていないのかしら」

と、次々にささやき声が上がった。オクラホマ州に限れば、99.9%の確率で、共和党候補のドナルド・トランプ氏が勝つとされている土地柄だ(世論調査の分析サイト538=ファイブサーティエイトによる)。レストランのテレビが流しているのは、保守的な報道で名高いFOXニュースで、リベラルな市民が多いニューヨークでは、見たことがないチャンネルだ。

その上、米連邦捜査局(FBI)は10月28日、クリントン氏が国務長官在任中に私用メールサーバーを使っていた問題で、新たに捜査対象になるメールが見つかったことを明らかにした。今年7月には、FBIのジェームズ・コミー長官が、「クリントン氏を訴追はしない」と会見したにもかかわらずだ。同長官は、捜査を再開すると連邦議会に書簡を送った。トランプ支持者にとっては、司法当局が正式に動いたことで、クリントン氏を「罪人」とみなすには、十分な材料だ。

FBIのジェームス・コミー長官

司法当局の「捜査再開」は、驚くほど大統領選の流れを変えた。

まず、 勝つ確率や支持率が変動した。米紙ニューヨーク・タイムズが日々更新する勝率は、寸前まで92%にまで達していた。トランプ氏が女性に暴行したことを匂わせる蔑視発言をした録音が報道され、体を触られるなどのセクハラを受けたという女性が次々に告発したことが、クリントン氏に追い風になっていた。ところが、コミー長官の書簡が明らかになった途端に、90%にまで下がった。

また、世論調査による支持率も、書簡の前は、11ポイントの差がついた結果もあったが、書簡公表後は、1ポイントにまで差が縮んだものがある。タイムズがまとめている数々の世論調査の平均値は、クリントン氏の支持率が45.8%、トランプ氏が40.7%だ。

同月24日には、クリントン氏の側近であるバージニア州知事が2015年 、FBI幹部であるマッケーブ副長官補の妻に約47万ドルを寄付したという報道があった。副長官補が、メール問題に関する捜査を監督する立場にあったため、「口封じ」の寄付ではないかという見方もある。しかし、特に話題にならず、テレビはほとんど「スルー」したが、FBIが動くとなると、余波は大きく異なる。

投開票日の11月8日まで10日あまりという中、クリントン陣営にとっては「激震」だ。

トランプ支持者が集会などで着ているTシャツで最も多いのは、「クリントンを刑務所に」という紺色のものだろう。また、夫ビル・クリントン元大統領の顔写真の下に「強姦魔」と書かれたTシャツもたまに見る。

「クリントンを刑務所に」のシャツを着るトランプ氏支持者

クリントン夫妻を「犯罪者」扱いするのは、メールサーバーの問題だけでなく、過去にも捜査当局が動いた事件が複数あるからだ。第1に、ビル氏がアーカンソー州知事時代、土地開発事業の汚職に絡む「ホワイトウォーター」疑惑に夫妻の名前が浮上した。夫妻は訴追されなかったが、デベロッパーが禁固刑を言い渡されている。

第2に、ビル氏が大統領時代、ホワイトハウス内で関係を持ったモニカ・ルインスキー事件では、ビル氏が訴追され、大統領職でありながら弾劾裁判にまで及んだ。有罪評決は逃れたが、大統領就任前から女性との交際が問題で、トランプ氏はビル氏に暴行されたという女性たちを支持につけている。

第3に、2012年9月、リビア・ベンガジで、米国人4人が死亡した米領事館襲撃事件で、当時国務長官だったヒラリー氏に危機管理意識がなかったとして、共和党から批判されている。

第4に、ビル氏の幼馴染でホワイトハウス幹部だったビンス・フォスターの謎のピストル自殺がある。ホワイトハウス内で、ファーストレディのヒラリー氏と対立していたことや、「他殺説」まであり、コアのトランプ支持者はヒラリー氏が何らかの形で手を下したと思っているのは間違いない。

こうした5つもの捜査当局が絡んだスキャンダルにまみれ、いずれも訴追は免れていることが、「犯罪に手を染めている」と疑われて、一部の民主党支持者やトランプ支持者から毛嫌いされている所以だ。

「トランプは、過激な発言はしているが、ヒラリーに比べたら、捜査当局が絡むような犯罪には関わっていない」

と、オクラホマ州のタクシー運転手が胸を張る。そして、それは事実だ。

前出の「538」によると、クリントン氏を「非常に好ましくない」と答えた人が37%、トランプ氏は53%。両者ともに、過去の民主党、共和党候補で最も「好ましくない」とされたことが明らかになっている。

クリントン氏は、ファーストレディ、国務長官時代に警護をしたシークレットサービスに、配慮を欠くことばをぶつけるなどしたという話も、オンラインでは有名だ。

さらに、ルインスキー氏も含め、ビル氏の女性問題が過去に繰り返し浮上しているにもかかわらず、サポートをしてきたのは、政治家として、さらには大統領を目指すための深謀で、「人間的に冷たい」人物して毛嫌いする女性有権者も少なくない。

クリントン氏の歩んできた人生が、「グラス・シーリング(ガラスの天井)を破るのに最も近い女性」という道だっただけに、攻撃も多いのは確かだ。

しかし、たとえホワイトハウスにたどり着いたとしても、クリントン夫妻の数々のスキャンダルは、今後もぴったりとついて回るのは間違いない。

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10月30日から、中西部オクラホマ州に来た。共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏が99%の確率で勝つとされている州だけに、ヒラリー・クリントン民主党候補に向けられる声は、辛辣なものがある。

筆者・津山恵子

ニューヨーク在住。ハイテクやメディアを中心に、米国や世界での動きを幅広く執筆。「アエラ」にて、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOを単独インタビュー。元共同通信社記者。

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June 1969 discussing student protests at Wellesley College

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